【真多呂】五月人形の失敗しない選び方

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2015年【真多呂】五月人形人気ランキングベスト3

真多呂五月人形の正規販売店で今売れている
人気の五月人形「金太郎」のベスト3をご紹介します。

金太郎は、桃太郎と並んで毎年早期完売になる人気商品で、
頼もしくも愛らしいその姿は、見るものの心を和ませてくれます。

人気ランキングNo.1金太郎と鉞

パッチリとした涼しい目が印象的で、顔立ちの綺麗な金太郎です。
前掛けの金の刺繍も豪華で、逞しさと上品さが漂う風格ある逸品。
鉞(まさかり)の質感も見事に表現されています。

ガラスケースは前面に柱がないため180度どこからでも全体像が見られ、
ケースに入っていても閉塞感がなく、洋間でも違和感なく飾れます。

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人気ランキングNo.2腕を組む金太郎

あぐらをかいて腕を組み、唇を真一文字に結んだ姿は、芯の強さを感じさせます。
グッと前を見つめる眼差しは、まるでお子様の未来を見守っているよう。

男の子の立身出世を願う鯉のぼりと、「邪気を払い勝負(菖蒲)に勝つ」という謂われから、男子にとって縁起の良い植物とされている菖蒲を配し、初節句にふさわしい華やかさを演出しています。

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人気ランキングNo.3コンパクトタイプの金太郎

超コンパクトながら、細部にまで意匠をこらし、
堂々とした勇ましさを見事に表現した逸品。

「超コンパクトサイズで、これほど本格的で凝った作りのものは他にはない」
と自負する、真多呂人形の自信作です。

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五月人形のモデルになった金太郎伝説


0-34_80x122.png金太郎のモデルになったのは、大江山の鬼「酒呑童子」を退治した
頼光四天王の一人、坂田金時です。

坂田金時は、幼名を金太郎と言いました。

金太郎の母、八重桐(やえぎり)は、彫物師十兵衛の娘で、京にのぼった時に
宮中に仕えていた坂田蔵人と結ばれ、天暦10年(956年)5月に金太郎が生まれました。

八重桐は故郷で金太郎を産みましたが、蔵人が亡くなってしまったため京には帰らず、故郷で金時を育てることにしました。

幼くして父を亡くした金太郎ですが、寂しさにも負けず、足柄山で熊やけもの達と相撲をとる程元気で、母に孝行する優しい子供に育ちました。

天延4年3月21日(976年4月28日)金太郎は、足柄峠で源頼光にその力量を認められて家来となり、坂田金時(きんとき)と改名し、京にのぼって頼光四天王の一人となりました。

金太郎伝説が完成したのは江戸期で、浄瑠璃や歌舞伎を通して怪力童子のイメージが定着し、金太郎が丈夫に育ち立派な武将となったことから、男の子の健康と立身出世を祈り、鉞かついで熊の背に乗り、菱形の腹掛けを着けた元気な少年像として、五月人形のモデルとなりました。

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